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ロビンさんのワクワク研究室

ワクワク・トキメキ・ほっと一息。

支援のセンス湧くラボ:それぞれの震災、一人ひとりに物語 ②津波がさらっていったもの

 

私は自閉症児者に対する支援技術・センスを活かすべく、障害者福祉施設に勤務していました。震災の起きる少し前には、そこで働きながら大学生も一年やりました。通信教育の大学生です。自閉症児者の支援については先人たちがその経験・培ってきた技術を研究分析し纏め、学問になっていて、私は自分の専門性をより高めたくて、自閉症に特化した単位を取り、専門資格を取得したかった。そこがたまたま自分の学びたいことを学べる数少ない専門性を持った大学でした。また、性格的に私は通信教育が向いているようで、これまでの人生でも通信教育は何度も利用していましたが、通信教育は学費を比較的安く抑えられ、準・官製ワーキングプアでお財布的に余裕もない私にもなんとか払えるので都合が良いのでした。わずかな貯金をはたいて学び、少し遠くまで足を運んでスクーリングも受け、試験も無事すべてAで合格できたところでした。

 

3・11 東日本大震災

自分は自分なりに、現場で教え子の命を守るのに必死でした。テレビのニュースでは津波で大木や家屋が流されていく映像を目にして、東北での被災者に思いを馳せて、、、いたつもりだった。

 

3・11の後、数週間が過ぎた頃だったか、一通の手紙を受け取りました。

津波で教科書を流された仲間がいる。可能なら寄付を。」

 

私は愕然としました。家屋の倒壊や津波で命を落とした方がいる。命だけはなんとか守られ残った方もいる。その中には、「学びたい人もいる」。私は、そのことに思いが至っていなかった。大学側からの手紙を読んで初めて気付いたのです。自分を恥じました。

 

自閉症者の支援について専門的に学びたいのは私と同じだ。志が同じ、まさしく同志じゃないか。

通信教育を選ぶということは、私のように学びたくても経済的にゆとりのない人も少なくないはずだ。なけなしのお金で学費を払って、意識を高く持って学ぼうとしていたのに、教科書が津波で流されてしまったら、、、、、

 

困っている仲間・不安な日々を送っている同志がいるんだと。離れた地域の、会ったことのない誰か。だけど、他人事(ひとごと)ではないんだ。仲間。同志。それを実感した瞬間でした。

 

そこまでに思いが至らなかった自分を恥ずかしい、恥ずかしい、恥じながら、教科書を取り出しました。全部の教科書を送りたかったけれど、支援、心理の教科書には書き込みがあまりにも多過ぎて、受け取った方はいくらなんでも学習しづらいのではないかと思われるほどでした。一番手放したくない医療の教科書は他の2冊と比べ書き込みはあったけれども比較的少なめでした。全ての教科書ではなくて申し訳ない、書き込みがあって申し訳ない、それでも少しでもお役に立って欲しい、、、。

 

送った教科書は誰かが使ってくれただろうか。どんな環境で勉強していただろう。そこは冷暖房が効いていただろうか。その人は無事に大学の単位を取れただろうか。