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ロビンさんのワクワク研究室

ワクワク・トキメキ・ほっと一息。

支援のセンス湧くラボ:simo の介助や支援

①おしっこが出るスタッフ?出ないスタッフ?

 

排尿・排便・生理の手当ての介助でお手洗いに同室、それは

プライベートの最たるところ。

自分一人ではできない介助の必要な人だから同室は当然、ではなく

私は

できるかぎり毎回「入って良ろしいですか?」「同室して良いですか?」と訊いて許可を取ってから同室しました。相手から「トイレ」と声を掛けてもらった時であっても、子供であっても、そうしていました。

もう何回も介助に入らせていただきご自分でおしりを拭けない人だと知っていても、毎回「では、おしりを拭きましょうか」「お手伝いしますね?」と声をかけました。

でも隣のボックスからは声掛けを省いたり「拭くよー」「いっぱい出たねー」とラフな声掛けの介助をされている様子がしばしば伝わってきました。また、人間だからなかなかスムーズに尿や便が出ないことだってあると思うのですが、「出ないじゃん。嘘つき!」と暴言を吐くスタッフもいました。「くっせー」と露骨に口に出すスタッフもいました。そんな接し方をするスタッフに同室されては、出るもんも出ないのは当たり前ですね。そもそも同室したくない。私だったら嫌です。いっぱい出たね、よりは「幾分ラクになりましたか」、排泄に時間がかかる方にはまず同室した自分が緊張をさせていないか振り返り、出ないことを責める言葉ではなく「あわてずに、ご自分のタイミングで大丈夫です。」と言い換えたいところです。

 

近くに他にスタッフがいるのにわざわざご指名いただくことが多かったのですが、何で私ばっかり、ではなく「(^^)ご指名ありがとうございます」というスタンスです。もしお手洗いの介助を避けられてしまうとしたら介助スタッフとしては最も恥ずかしいこと。

プライベートの最たるところだから、本当は自分一人でゆっくり用を足したいはずだから(例えスタッフに依存傾向がある方だとしても。例え羞恥心をほとんど持ち合わせていないタイプの方だとしても。)、お手洗いに「介助で入らせていただく」「同室させていただく」というスタンスです。私は、当たり前のことだと思っています。

 

自分に置き換えればわかる。

本当は自分一人で用を足したいけれど、もし自分が病気や怪我、老いによって身体が不自由になって、誰かの手を借りなければ用を足せなくなったとしたら?誰にだったらお願いしたいか?誰が同室しても構わないわけじゃない。

準公的な障害者福祉施設に約10年勤めましたが、あらためて廻りを見渡した時、この人にお願いしたい、と思えるスタッフはいませんでした。それは、残念なことでした。

この人なら同室してもスムーズにおしっこが出るかもな、私の人格を尊重し傷つけることなく接してくれるだろうな、そういう人物がいなかった。

どうしても選ぶとしたら、自分が頼みたいのは「自分」でした。ここで言うそれは、自分のことは自分でしたいという意味ではなくて、どんな態度で接してくれるスタッフならプライベートの最たるところでの介助、同室を許すか、どのスタッフだったらおしっこが出るか、あらためて「客観的に考えて」私はもう一人私がいればいいのにと思いました。いまと今後のこの国の介助・介護の現場を考える時、これは不幸なことでした。

 

 

②真の自立支援とは

 

おむつ:

必要のない人におむつがあてられているケースを幾つも目にしました。自力で排泄のコントロールができない機能的な問題ならともかく、他のアプローチ、技術によって「トイレで排泄可能」な方がおむつをあてられているのはいろいろ問題が多いのでしばしば口を出しました。

知的・肢体不自由で車椅子、音声言語も「ウーン(Yes)」「オーイ(人を呼ぶ時)」程度。あとは首振りで否定(No)を表すAさんはしばしばおむつをあてられていました。日常も、それから泊まりの場面で移動の際に長時間バスに乗るような時には必ずおむつでした。多くのスタッフがAさんと意思疎通できず一方的に自分たちの都合の良い解釈をするので、Aさんはその度に怒って車椅子の上で暴れていました。ある時、日常でも暴れさせずコミュニケーションの取れていた私は泊まり(旅行)の場面でもAさん担当になりました。長距離バス移動だからとやはりおむつをあてられていましたが、普段でも私が出勤の日にはお手洗いでのスムーズな排泄が可能でしたので、「この人はご自分で排泄コントロールできる方だよなぁ」と見立てていました。出発の場面でも「おむつ、どうしましょうか、念の為にあてますか?長い時間バスには乗るけれど、トイレ休憩の時間の目安など見通しが付く様にその都度お伝えしていきますね。パーキングエリアでも宿でも、心配なさらずに。楽しく過ごしましょうね」と声をかけました。2泊3日の宿泊でしたが、一度もおむつを汚さず、もちろん車椅子やベッドも汚さず、毎回トイレでの排泄ができました。当時この事を他のスタッフに話しても、無関心或いは半信半疑、或いは「Aさんはあなたが好きだから」といった反応ばかりであり、誰ひとりとして「どう対応したの?」と知ろうとする人は皆無でした。

Aさんは片麻痺で車椅子の方でしたが、一人ひとり障害の状況や機能、自立度は異なり、また、一見おむつが必要な方であっても単にスタッフとコミュニケーションがうまくとれないことが原因で汚してしまうケースもしばしばあり、実際はご本人で排泄コントロールが可能ということもあるのです。スタッフがラクだからという理由で結果的におむつをあてられているケースも日本には多いのではないでしょうか。Aさんはトイレでの排泄が可能である、とミーティングの場でも伝え、また、報告書でも記録を残しましたが、前任者の経験や記録を生かさない職場でしたので、私が異動すると日常的におむつをあてられた状況に戻っていると後から知りました。

おむつをあてそこにおしっこするのはどれだけ気持ち悪いか。本当はトイレで用が足せる人なのに、です。毎日お風呂に入れてもらえるわけでもない方です。

 

支援学校からの実習生でおむつをあてている女の子をみました。ダンスが得意なBさん。ダンスができるのにおむつしているのか。私は違和感を覚えました。ある時そっとお母様に「病院の検査で機能的に問題がありましたか?お医者様はなんとおっしゃっていましたか?差し支えなければお聞きしたいのですが」との問いに、検査をしたが機能的には問題がない結果だったと教えてくれました。でもおむつをあてているんですね。私にはご家族や学校側があきらめている或いは思考停止になっている或いは良い方法を知らずにいる、と感じました。「内臓の機能に問題がなく麻痺もない、ダンスも踊れる。作業理解も高くコミュニケーションも特に問題ない。おむつではなく、トイレでおしっこできると思いますよ。おむつが取れてトイレで排泄できるようになったら、Bさんは自立がもっともっと加速しますよ。お母様も自分の時間が取れるようになります」そう言ったら、お母さんはそんなことを言われたことがなかったらしく、ちょっとびっくりした表情とともに目がぱっと輝き、そして

住み慣れたところからこちらへ越してきてご自身精神的に不安な日々だったことなど身の上話を一気に話し始めたのでした。

おむつが本来必要ではない方があてられている場合、もしかしたらご本人の問題ではなくまわり、つまり介助する側の問題であることも多いのだろうなぁと思いました。

 

おりものシート:

おむつではないのですが、更年期の女性利用者さんで日常的におりものシートをあてられていた知的障害とパーキンソンのCさん。え?生理前後でもないし気になるようなひどい汚れ方もないし、なぜ毎日あてているの?と不思議に思い、長く関わってきたスタッフに確認したところ「下着に手を入れて股間を触って下着を汚しがちだから、お母様から使うように言われた」とのこと。へ?TVコマーシャルで何度も目にしてみんなが使っているのをうちの娘にも使わせてあげなきゃだわ、って思ったのかな?

必要に応じて使いたい人は使えば良いと思いますが、Cさんが毎日あてる必要性を私は

全く感じませんでした。むしろ一日に何度か新しいものに交換はしても、どうしても擦れたり蒸れたりしてかぶれる方も中にはいらっしゃるのです。逆に肌がかぶれてかゆくて掻いてしまうことになりませんか?必要ないですよね?そうミーティングで言いましたが、「親が付けろって言ってるんだから」。へ?

しかしここで「そうですかわかりました」では、Cさんの快適なパンツライフは得られない。「どうしても何かあてたいんだったら、布ナプキンという手もありますよ。オーガニック綿で作られたものもあります。それほど馬鹿高い価格でもありません。おりものシートより通気性もあるし洗濯がきくから繰り返し使えます。」実際に新品を買ってきて現物をスタッフにみせたこともありました。しかしほとんどのスタッフは興味を示さず、或いは小馬鹿にしたような表情で余計なことを持ち出すな、という姿勢でした。「誰が洗濯するのか、グループホーム職員の手間が増えるだけだ」と言われ(特に負担が増えるわけではない)、何よりもCさんの快適さや健康維持の視点で支援をしたいスタッフは他にいませんでした。そこには私以外にもう一人介護福祉士の国家資格を持つスタッフがいましたが、彼女からもそういった視点は見いだせませんでした。

 

老人施設もそうかもしれませんが、障害者福祉施設も建前は自立自立と言いながら、真の自立支援や残存能力を活かす視点などは支援に取り入れられることはなく、施設側はひたすら「利用者様はお客様。」と言って、利用者家族からクレームが来ることを恐れひたすら言いなりになっているだけのところが多い。

 

利用者の日々の心身の快適さに専門性を持って、質の高い支援をする施設はこの国に一体どれだけ存在するのですか。どこに存在するのですか。

 

 

やさしくなりたい

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