支援のセンス湧くラボ:意思疎通のお話
神奈川県の重度障害者の利用者が複数殺される事件があった時、「言葉が通じない」とか「コミュニケーションが取れない」と言う記述をみかけて違和感を感じた。一部の専門家がそんなことはないと異を唱えていたが、私も同感だ。
知的障害と言語障害と四肢麻痺という重度の重複障害の利用者さんととうまくコミュニケーションが取れない職員がいた。その施設で介護福祉士の国家資格を持っていたのは私と彼女だけであったが、彼女は安易に「言葉が通じないから難しいねえ」と言った。
ノンバーバルって習わなかったのかな? 音声言語だけじゃないよね。
生育歴 表情 服装 声 身体の動き 匂い
あらゆる情報にメッセージが含まれている。
福祉にたずさわるものであれば常識であるが
言葉の掛け方も何が食べたい?ではなく
AとBどちらが食べたいですか?と選択できる質問を
もしくは はい・いいえ どちらか選択して答えられる質問を
あとは
眼の奥が笑っているか
自分の都合のいいように自分の支援だから自分の企画だから「楽しんでいた」にしていないか?
わくわくうきうき 楽しんでいるかは
しばしば身体の動きにも現れるし
目が死んでいるか 眼の奥が笑っている=キラキラしているか
それを
ちゃんと見分けられるか
それは
センス
専門性があるということは
そういうこと
昔
別の職業についている時 いじめに遭う経験をした。
心身体調を崩し弱っていた私に
余計な言葉ではなく、まず背中をさすってくださる方がいた
その行為に、ぬくもりに、どれだけ励まされたか
音声言語ではないコミュニケーション手段の利用者さんが
ノンバーバルを理解してくれるスタッフに出会えたら
どれだけ幸せか
あ 通じた この人は理解してくれる
その時の信頼と喜びの表情も読み取れるスタッフになってください。